母親にたった一度だけ反抗した、月明かりの美しい夜のこと

ベランダで猫たちが、コンテンポラリーダンスを踊っている。
ひらり、ひらり。
と思ったら、虫を追いかけているだけだった。外気温は25度。もう夏だ。

今日は気分が乗らず、朝からテレビを見てだらだらとしてしまった。息子が学校に行きたくないと朝から駄々をこね(そんな日は最近とても多いのだけれど)、応対したら大変に疲れてしまったからだ。
中間反抗期というのだそうだ。幼児期と思春期の狭間に起こるから中間と呼ぶのだとか。中間と言いつつ、これがそのまま思春期反抗期(本番)に続くのが大抵の流れだとかで、そんなの考えるのもダルすぎるんで今はブルボンのチョコリエールを食べながら昔をぼんやり思い出している。

今日はぼくらの話じゃありませんし、長いので覚悟が必要ですよ

私が育った環境は、母親が異常に厳しかったので反抗らしい反抗をした覚えはない。
ただなんとなく鬱々として憎たらしい視線を浴びせたりはしたかもしれないが、それすらも逆鱗に触れる場合があったから、ほとんど大人しく過ごしていたと思う。
私の青春はミッキーロークと柴田恭兵、チャゲアスと太宰治。中学三年の夏休み、読書感想文で島崎藤村の、分厚い『夜明け前』上下巻を読み切って書いてやろうと目論見挫折した、暗い春だ。
考えていることは全部飲み込んで、表に出すことはしなかった。母親が怒っても、兄弟に馬鹿にされても、貝のように押し黙り、自分を決してさらけ出すことはしなかったが、今になって思うと、どうしてあそこまで頑なに、と我ながら首を傾げてしまう。もしかしたらあれが自分なりの反抗だったのかもしれないけれど、母親が「育てにくい子だった」というのも頷けるというものだ。

だけどそんな日々の中で、一度だけ母親にはっきりと反抗をしたことがある。
なにがあったか、細かいことは忘れてしまった。でも、「もう家にはいられない」と思うくらい心が千々に乱れた出来事があったのだ。
しかし家出をするとあとが怖いから(どうせしこたま叱られる。家出といってもそもそも行く当てなんてないのだ)、仕方なく玄関前に座り込んだのだった。

どこに行くでもなく玄関の前で、ただじっと座り込んだまま、時間だけが静かに過ぎて行った。
家の中から家族の笑い声が漏れ聞こえ、今夜のおかずは魚かなと考えたりもした。目を凝らしても見えない藻ハウスに遮断された中で金魚がちゃぷん、と跳ねて(嘘。想像)、やがて空に月が浮かび上がった。月明かりはやけに明るく、馬鹿みたいに寒々しい心を少しだけ温めた。でもなにより一番の薬だったのは、猫だ。

外飼いしていた『にゃんたろう』が、珍しく外にいる飼い主にすり寄り、にゃあん、と甘えた。抱きかかえると全身を私に預け、膝の上ですっかりと寛ぐ。その姿に、孤独で絶望していた中学三年生の女の子は深い愛を覚えた。
ああ、もう猫さえいれば生きていける。
冗談ではなくそう思った。猫は傷つけないし裏切らないし、癒してくれる。ふわふわの毛皮に顔を埋めて、思った。猫さえいればもう、なにもいらない。

家を出て猫と暮らしていく様を想像した。小さな家で、慎ましやかに暮らすんだ。中学校を卒業したら働いて、家を借りよう。外飼いで寒い思いをしている猫をすべて連れて行こう。美味しいご飯と、あたたかい寝床を用意するんだ。
膨らんだ想像は幸福でいっぱいだった。その幸福の最中で私は、本当に出来るんじゃないかという気がして、少しずつ自信がついていくのを感じていた。

夜も暮れ、親がもうそろそろ家に入りなさいと顔を出したとき、だから私は自信に満ち溢れて、親にはっきりと反抗をした。

もう家なんか嫌だ。猫と暮らしていく。猫さえいればそれだけで、いい。

腕に抱いた猫のぬくもりが気力を漲らせ、意思という存在を表出させた。初めての反抗に、アドレナリンが放出して気持ちがよかった。

そんな私を見て、親は呆れたように笑った。そして、
「まったく、猫がなにしてくれるってのさ」
と言うと、にゃんたろう、おいで。と猫の名を呼んだ。

呼ばれたにゃんたろうは、その瞬間するりと腕から抜け出て、母親の元へ足早に近づくと、体を横たえてごろにゃんと甘えた。あ、と思う間もなかった。おいおい、さっきまでの蜜月はなんだったんだよ。
その態度を呆然と見つめ、あまりの節操のなさに急速に気持ちが萎えていく。そして母の、「猫がなにしてくれるってのさ」が、的確すぎて、膨らんだ得体のしれない自信が霧散していくのを感じた。

ぼくのもふ尻で癒されてくださいよ

あの時、にゃんたろうがすぐさま自分のところに来たのを見た母が、「ほらね」という表情を浮かべたことを覚えている。にゃんたろうめ……と恨めしく思うのと同時に、母の浮かべたその表情が持つ意味を知り、なにもかも降参だと感じたのだった。

さて、反抗期について振り返ってみたら、自分の至らなさを思い出してしまった。あの美しい夜にクレイジーだった娘も、今は反抗期の息子と対峙するおっかさんで、毎日青色吐息で過ごしていますよ。
息子はどんな風に思春期らしい恥エピソードを作り上げていくことだろう。楽しみでならない。

反抗的な目線を送る猫

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